初任給引き上げで起きる「給与逆転現象・賃金圧縮」とは?|既存社員の給与をどう見直すか

「採用競争上、初任給を上げざるを得ない」……初任給を大きく引き上げる企業が増える中、新入社員の給与が2年目・若手社員を上回る「給与逆転現象」が話題になっています。

現在の採用市場では、初任給の引き上げが続いています。

帝国データバンクの2026年度調査では、初任給を引き上げる企業は67.5%に達しています。

一方、企業経営・組織人事の側から見ると、初任給を上げた後には別の問題が出てきます。

  • 2年目社員の給与を上回ってしまう
  • 若手社員との給与差がほとんどなくなる
  • 新人だけ上げると既存社員から不満が出るのではないか

実際、初任給だけを大きく引き上げると、新入社員の給与が既存社員を上回る「給与逆転現象」が起こることがあります。

では、他社はどう対応しているのでしょうか。前の記事では、初任給を引き上げた企業が既存社員の給与をどう扱っているのか、企業事例や賃上げ原資の調査結果を紹介しました。

【2026年】初任給引き上げ後、既存社員の給与は?7社の事例

悩ましいのは、ここからです。

「では、自社ではどうするのか?」

「新人を3万円上げたから、既存社員も3万円上げる」。この考え方だけで決めることは、あまりおすすめしません。

考えるべきなのは、初任給だけではなく、会社としての賃金体系全体です。まず「若手が一人前になる」とはどんな役割を担える状態なのかを定義し、その役割にいくら払うのが妥当なのかを決める。ここから逆算して考えていきます。

初任給引き上げで起こる「給与逆転現象・賃金圧縮」とは?

例1|給与逆転

対象
新入社員 24万円 27万円
4年目(満3年) 26.8万円 26.8万円

初任給だけを引き上げたため、新入社員の給与が既存社員を上回っています。これは分かりやすい給与逆転です。

ただ、実務上さらに起こりやすいのは、逆転する一歩手前の「賃金圧縮」です。

例2|逆転していなくても「賃金圧縮」は起こる

年次 新:初任給引き上げ後 改定額
1年目 24.5万円 27万円 +2.5万円
4年目(満3年) 26.8万円 27.5万円 +0.7万円
6年目(満5年) 28万円 28.5万円 +0.5万円

この例では、初任給は24万5,000円から27万円へ2万5,000円上がっています。一方、4年目は7,000円、6年目は5,000円の引き上げです。

同額を全階層へ上乗せしていないため、新賃金でも給与逆転そのものは起きていません。

しかし、新人と4年目社員の差を見ると、これまで2万3,000円あった差が5,000円まで縮まっています。

給与逆転と賃金圧縮の違いを新人・既存社員の給与差で比較した図

重要なのは、「逆転していなければ問題ない」ではないということです。

給与逆転現象そのものが起きていなくても、既存社員との賃金差が極端に縮めば、同じように納得感を損なう可能性があります。

4年目社員が新人とほとんど同じ仕事しかしていないのであれば、5,000円差でも大きな問題にはならないかもしれません。

しかし、後輩を指導している。一人で担当業務を回している。難しい案件を任されている。それでも新人との差が5,000円なら、納得しにくくなるでしょう。

新人を採用するために初任給を引き上げた結果、育ててきた若手社員の離職を招いては本末転倒です。

つまり大切なのは、勤続年数に対して金額を並べることだけではありません。

仕事・能力・役割の違いに対して、なぜこの賃金差なのかを説明できるか。

「うちの会社はこういう考え方だから、この給与になる」。社員がそう納得できるストーリーをつくることが重要です。

初任給引き上げ後の給与は「一人前」の役割から逆算する

ここで、論点を少し変えて考えてみます。

「自社では、戦力として一人前になるまで標準で何年かかるのか」

まず、この仮説を置きます。

たとえば、早い人で満5年、標準的には満6年ほどで一人前になる会社だとします。もちろん職種によって期間は異なります。

次に、「一人前」を役割で定義します。

  • どんな仕事を一人で任せられるのか
  • どの程度の成果を期待するのか
  • どの程度の付加価値を生み出している状態なのか

その上で、その役割を果たす社員に支払う賃金額を設定します。

ここでは例として、「担当業務を一人でできる」だけでなく、目標達成まで期待する一人前社員の給与を30万円とします。

ここが一つの基準になります。

新人27万円と一人前30万円は同じ意味の給与ではない

新人の27万円は、必ずしも入社時点の仕事力だけへの対価ではありません。

採用市場・労働市場の相場を踏まえ、将来戦力として成長し、一人前になって活躍してもらう期待も含めた「入口金額」と捉えます。

一方、一人前社員の30万円は、会社が定義した役割を担い、成果を生み出すプロフェッショナルへの対価です。

この2つを同じ意味の金額として扱わず、入社時点と「一人前」の地点を先に置き、その間をどう結ぶかを考えます。

初任給を引き上げたからといって、一人前社員の賃金水準まで自動的に同額引き上げる必要があるわけではありません。

まず見直すべきなのは、入社から一人前へ到達するまでの賃金カーブです。
ここでは、入社時27万円から、6年目(満5年)で一人前30万円に到達するケースを例に、3つの考え方を比較します。

一人前の給与から、賃金カーブをどう引くか

カーブ 入社 2年目 3年目 4年目 5年目 6年目(満5年) 向く考え方
なだらか型 27万円 27.5万円 28.1万円 28.7万円 29.3万円 30万円 経験・能力の積み上がりに合わせて徐々に上げる
複合型 27万円 27.4万円 27.8万円 28.8万円 29.2万円 30万円 日常的な成長と、役割・習熟段階の変化を組み合わせる
到達型 27万円 27万円 27万円 28.5万円 28.5万円 30万円 一人前認定など、明確な節目で賃金を上げる
初任給から一人前までの賃金カーブを3つの設計パターンで比較した図

どのカーブが正解ということではありません。
重要なのは、会社がどのような成長を期待し、どのタイミングで何に対して賃金を上げるのかを明確にすることです。

毎年少しずつ仕事力が高まることを重視する会社もあれば、一定の役割を担えるようになった段階で大きく処遇を変える会社もあります。
自社の育成や役割設計と賃金カーブをつなげて考える必要があります。

そして重要なのは、この考え方を初任給改定のときだけ説明するのではなく、普段から社員へ伝えることです。

「能力を蓄積し、行動を起こし、成果を上げられるようになれば、この水準へ進んでいく」。社員の目線をそこへ向けることが、賃金への納得感につながります。

こうしたプロセスを踏めば、「既存社員も全員一律に3万円上げる」といった選択肢だけではなくなります。

「既存社員は何%上げる?」ではなく、役割・階層ごとの賃金水準をどう再設計するかという考え方に変わっていきます。

給与逆転現象を防ぐには?既存社員の給与を見直す4つの対応例

役割ごとの賃金水準の現状を分析し、改めて適正額を考えると、どこを調整すべきかが見えてきます。

まずは、次のような役割ごとに「現状実態」と「適正と考える水準」を並べます。

  • 新人:採用市場水準
  • 戦力として一人前
  • 課長層
  • 部長層

ここでいう「適正額」は、単純な業界平均ではありません。採用市場・業界水準と、自社の生産性・収益性の両方を踏まえた水準です。

大切なのは、払い続けられる価格設定にすることです。最初は検討段階の仮説で構いません。

次に、想定以上に賃金圧縮が進んでいる領域を確認します。

賃金圧縮ゾーン主な対応
新人~若手2~5年目など若手層を重点的に補正する
初級管理職まで圧縮役割・階層ごとの給与レンジを引き直す
中級管理職まで圧縮役割・階層ごとの給与レンジを広く見直す
特定職種の採用市場が上昇職種・人材を絞って重点配分する

若手層だけで圧縮が起きているなら、2年目・3年目・5年目など必要な層を中心に補正する方法があります。

一方、若手だけでなく、主任・係長・初級管理職との給与差まで小さくなっているなら、役割・階層ごとの給与レンジ自体を引き直す必要があります。

また、IT人材や技術職など、特定職種だけ採用相場が上昇している場合は、全社員ではなく職種を限定して対応する方が現実的な場合もあります。

大切なのは、「誰を上げるか」を先に決めるのではなく、どの役割の領域で賃金圧縮が起きているのかを把握することです。

給与逆転現象への対応を今年だけで考えない。3~5年後の賃金カーブまで見る

もう一つ注意したいのが、賃金改定の影響試算を当該年度だけで終わらせないことです。

1.今回の改定による経年変化を試算する

給与逆転現象への対応は、今年の初任給だけを見て終わりではありません。当然あげたあともその影響は続きます。

今回の改定を基に、来年、再来年、そして5年後くらいまでを目安に試算します。

人の出入りには想定値を置き、平均的な評価で推移した場合に、将来の人件費を払い続けられるかを確認します。

5年試算で見るもの確認すること
人員構成新卒採用数・退職・中途採用
月例給与昇給・昇格を含む総額
連動コスト賞与・社会保険・残業単価など
収益粗利・付加価値が人件費増に追いつくか
シナリオ標準・楽観・厳しいケース

2.今後の労働市場の変化シナリオを試算する

もう一つは、採用市場がさらに上昇した場合のシナリオです。

たとえば、今回27万円へ引き上げた初任給を、翌年28万円、3年後29万円へ引き上げることになったらどうなるでしょう。

これは将来の初任給を予測した数字ではなく、影響を見るための例です。

厳しい想定シナリオ初任給一人前
現在27万円30万円3万円
1年後28万円30万円2万円
3年後29万円30万円1万円

このケースでも給与逆転は起きていません。しかし、新人と一人前社員の差は3万円から1万円まで圧縮します。

ここまで圧縮すると、一人前社員の賃金水準そのものを見直す必要が出てくる可能性があります。

さらに採用市場全体が上昇しているなら、中途採用市場も上がり、既存社員の転職による離職リスクも高まります。

厳しい環境になるほど、先回りして「自社は賃金をどう考える会社なのか」を社員へ伝え、納得度のある説明ができる組織文化をつくることが重要です。

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部分修正では限界?賃金制度そのものを見直すサイン

給与逆転現象への対応を毎年の個別調整だけで乗り切ろうとすると、賃金制度は次第に複雑になります。

新人・若手の圧縮箇所を補正する。中途採用者には個別給与を設定する。専門職には新しい手当をつける。

こうした対応が積み重なることで賃金制度は少しずつ複雑化が進みます。

  • 等級ごとの給与差を説明できない
  • 昇格しても給与がほとんど変わらない
  • 中途採用者だけ個別給与が増えている
  • 調整給や手当が増え、給与の意味が分かりにくい

このような状態になったら、「誰をいくら上げるか」ではなく、「どの役割に、いくら払うのか」を整理し直すタイミングです。

会社が社員に何を期待するのか

何に対して賃金を支払うのか

基本給・職能給・職務給・役職給などの賃金構成

等級評価・昇給・賞与とのつながり

これらを一度つなぎ直す必要があります。

初任給の引き上げが制度を壊したのではありません。むしろ、これまで見えにくかった賃金制度の歪みが、初任給引き上げによって表面化したと考えた方がよいでしょう。

この機会に、制度全体の再設計・最適化まで進めることも一つの選択肢です。
※賃金制度を等級・評価・育成までつなげて再設計したい方は、人事制度構築支援もご覧ください。

まとめ|給与逆転現象・賃金圧縮への対応は「役割ごとの基準」から

初任給引き上げに端を発した賃金バランス問題への対処は、「どの役割期待に対し、いくら払うのが妥当なのか」を決めることから始まります。

その上で、次の順番で整理します。

  1. どこで賃金圧縮が起きているか
  2. どこまで調整するか
  3. 3~5年後も成立するか、会社として払い続けられるか

そして、部分修正を重ねた結果、制度が複雑になりすぎているなら、賃金制度そのものを見直すタイミングです。

■ご案内:次の記事では、**「社員の何に対して賃金を払うのか」**というところから考えていきます。

基本給だけで設計するのか。
能力の蓄積に対して職能給を設けるのか。
特定の職務や専門性、役職、資格などに、それぞれどのような対価を設定するのか。会社が社員に求める役割・働き方・成長と、基本給・職能給・職務給・役職給などの賃金構成をどう結びつけるか。

そのうえで、等級・評価・昇給・賞与までをどうつなぎ、会社として一貫した賃金制度をつくるのかを整理します。

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基準を入力し、年次カーブを自社の実態に合わせてから、賃金差の圧縮状況を確認します。登録不要・無料

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登録不要・無料|約1分

STEP 1 自社の基準を入力する

現状(BF)
今回改定(AF)
将来想定
初任給
一人前の給与
一人前になる標準年数
3〜10年で入力してください
「初任給 → 一人前の給与」を標準年数で均等に按分し、千円単位に丸めた標準モデルを自動作成します。 実額はSTEP 2で上書きできます。

STEP 2 標準モデルを確認し、違う年次だけ上書きする

まず自動計算された年次モデルを確認してください。自社の実態と違う年次だけ変更します。 ここで整えた数字をもとに、下のRESULT・グラフ・DIAGNOSISを表示します。

年次 現状(BF) 今回改定(AF) 将来想定
黄色セルは自動計算値です。変更したセルはコーラル色に変わり、結果へ即反映されます。

RESULT ① 今回の改定で、差はどこまで縮むか

比較ポイント現状今回改定圧縮額

RESULT ② 将来の初任給まで上がったら

比較ポイント現状将来想定圧縮額
賃金カーブ比較
現状(BF) 今回改定(AF) 将来想定
DIAGNOSIS いま、何が起きようとしているか

この結果を、A4縦のExcelで持ち帰る

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    参考:マイナビの調査:初任給引き上げ時の課題として『既存社員との給与逆転を避けるため全社員の給与を引き上げる必要性』を49.1%の企業が挙げています。