複線型人事制度を考えるとき、まず社員のキャリアパスをどう描くかが一つの出発点になります。
「まず主任から、次に係長になって、課長へ…」
と、役職を一本の線でつないだ図になっていませんか?
もちろん、管理職として成長していく道は重要です。
しかし実際の職場では、すべての社員が管理職になるわけではありません。
専門性を深めて高度な仕事に挑戦したい人もいます。
部下を持つことにはあまり興味がなくても、社内外のメンバーを巻き込み、大きなプロジェクトを動かしたい…という人もいます。
後輩を育てることに力を発揮する人もいれば、新しい商品や事業そのものを任されたい人もいるでしょう。
こうした多様な活躍の道を用意する考え方の一つが、複線型人事制度です。
一般的には管理職コースと専門職コースという「2本の線」を人事制度上に描くことが多いですが、私はそれで複線型人事制度が完成するとは考えていません。
大切なのは、
自社には、どのような役割を担う人が必要なのか。
そして、
その役割を担えるようになるために、どのような経験を積んでもらうのか。
ここまで考えることです。
この記事では、複線型人事制度の基本的な考え方を整理したうえで、中小企業でも取り組めるキャリアパスの設計について考えていきます。
1.複線型人事制度とは?
複線型人事制度とは、社員のキャリアを一つの昇進ルートに限定せず、複数の活躍の道を用意する考え方です。
代表的なのが、管理職として組織を率いる「マネジメント職」と、高度な知識や技術を活かして活躍する「専門職」を分ける方法です。
従来のように、
一般社員
↓
主任
↓
係長
↓
課長
↓
部長
という一本線しかなければ、給与や等級を上げるためには管理職にならざるを得ません。
すると、
「専門家としては非常に優秀なのに、管理職になった途端に本人も部下も苦労する」
ということが起こります。
反対に、
「管理職になりたくないのなら、この先のキャリアはありません」
という会社では、高い能力を持つ社員が将来像を描きにくくなります。
そこで、管理職だけではない活躍の道をつくろうというのが複線型人事制度の基本的な発想です。
ただ、ここから先が重要です。
「管理職と専門職の2コースをつくる」こと自体を目的にしてはいけません。
会社によって必要な役割は違うからです。
2.「管理職になりたくない」≠「責任を負いたくない」
近年、「管理職になりたくない若手が増えた」という声を聞く機会が増えました。
時代の変化もあり、部下の評価や労務管理、人間関係の調整まで背負う管理職という働き方を望まない人は確かにいるでしょう。
しかし、
管理職になりたくないことと、大きな責任を負いたくないことは同じではありません。
例えば、
「人事評価や勤怠管理はちょっと…。でも会社を変えるような大きなプロジェクトは任されたい」という人はいます。
「10人の部下を管理するより、この分野では社内の誰にも負けない専門家になりたい」
「自ら成果を上げるより、若い社員を育てて組織全体を強くする仕事にやりがいを感じる」
という人もいるでしょう。
今の時代、社員の力を引き出すためには、「管理職になる」以外に、どんな活躍の姿を会社として示せるかが重要になっています。
3.複線型人事制度の前に、自社に必要な『役割』を考える
前回の記事では、等級制度を考える際、「職能型・職務型・役割型のどれにするか」を考えるのではなく、自社に必要な役割を考えることから開始することを提案しました。
そこで、選択肢として①経営層、②管理職、③プレイングマネージャー、④高度専門職、⑤コーチ、⑥キャプテン、⑦リーダー、⑧メンバー、⑨トレーニングといった役割層を例示しました。
複線型のキャリアパスも同じです。
最初から、
「管理職コースと専門職コースをつくろう」
と決めつけません。
例えば、社員50人の会社なら、高度専門職を何段階にも細かく制度化する必要はないかもしれません。
一方で、「大型顧客案件を任せられる人が足りない」のであれば、プロジェクトリーダー役が必要でしょう。
「熟練社員から若手への技能伝承が進まない」のであれば、コーチ的な役割を明確にする価値があります。
自社に必要な役割を考えた結果として、キャリアの枝が生まれる。
この順番です。
4.自社で考えたい「キャリアの枝」5例
では、複線型人事制度を考えるうえで、どのような活躍の道が考えられるでしょうか。
ここでは5つの例を紹介します。もちろん、すべてを制度化する必要はありません。
「こんな役割の発想もあるんだ」と、自社での道を考える材料として見てください。

①マネジメント型――人を通じて勝つ
最も分かりやすいのが管理職です。
経営方針を部門の戦略・計画へ落とし込み、人を配置し、部下を育てながら組織として成果を上げる。
自分自身が仕事を完結させるのではなく、他者を通じて成果を生み出す役割です。
②高度専門職型――専門性で勝つ
高度な技術、知識、経験を活かし、通常では解決できない難しい課題を解決する役割です。
重要なのは、
「管理職にならなかったベテラン社員の受け皿」にしないことです。
専門職として上位に進むほど、本人が難しい仕事をこなすだけではなく、専門領域の方向性を示したり、社内外の専門家をつないだりする役割も大きくなります。
※参考例 NTTデータ:「プロフェッショナルCDP」
専門性とそのレベルを認定する仕組みを長年運用し、「プロがプロを育てる」という考え方で育成を進めています。
③プロジェクトリーダー型――チームを組んで勝つ
今回、特に注目したい役割です。
恒常的な部下を持つ管理職ではなくても、新商品開発、システム導入、新拠点立ち上げ、業務改革、大型顧客案件、新規事業開発など、重要なテーマについて社内外の連携を主導し、一定期間その責任と成果を担う役割です。
「管理職という型には入りたくない。しかし責任ある大きな仕事はしたい」
という社員にとって、有力なキャリアになり得ます。
人事制度上の正式な職種にしなくても、「このレベルの社員には部門横断プロジェクトを任せる」といった経験設計は可能です。
④コーチ型――周囲を勝てるようにする
管理職ではないものの、人材育成や技能伝承を重要な役割として担う道です。
前回の記事では、
リーダーは「自分のポジションで勝つ」
キャプテンは「周囲を牽引して勝つ」
コーチは「周囲を勝てるようにする」
と整理しました。
自分が一番成果を出す人と、人を育てるのが上手な人は必ずしも同じではありません。
ベテラン社員の経験を活かす意味でも有効ですが、年齢だけでコーチにする制度にはしないことが重要です。
⑤事業・プロダクトオーナー型――事業を育てて勝つ
もう一段大きな役割として、商品・サービス・事業そのものを任せる道も考えられます。
プロジェクトリーダーとの違いは、プロジェクトは原則期間を定めて運用するもので、一定のゴールや終了があります。一方、事業には基本的に終わりがないことです。
新規事業を立ち上げるのはプロジェクトリーダー。
その後、
「この事業を成長させてほしい」
と継続的な責任と裁量を与えれば、事業オーナー的な役割になります。
もっとも、中小企業ではこの役割を正式な「第5コース」として制度化するケースは多くないでしょう。
実態としては、社長の腹心や、事業承継を見据えた次世代経営人材に、
「この事業はあなたに任せる」
と個別に指名する形の方が現実的だと思います。
それでも、「こんな道もあり得る」と切り口として考えておくと、発想の幅が広がります。
5.キャリアパスは「役割の道」と「経験の道」で考える
ここまでキャリアの道を見てきました。
しかし、複数の道を図に描くだけでは十分ではありません。
例えば、
リーダー
↓
キャプテン
↓
管理職
と書かれていたとしても、社員からすれば、
「では、キャプテンになるためにはどうすればいいのだろうか?」
という疑問が残ります。
私は、キャリアパスを考えるとき、
「役割の道」と「経験の道」の両方を設計する
ことが重要だと考えています。
例えばリーダーには、まず自分の担当業務について安定して成果を出す経験を積ませます。
- 自分で仕事を組み立てる。
- 数値目標を持つ。
- 小さな改善を行う。
- 困っている後輩をフォローする。
ここまでできるようになったら、次はキャプテンとして、
- 数人のメンバーをまとめる。
- 仕事を割り振る。
- 進捗を確認する。
- 他部署と調整する。
- 小規模な改善プロジェクトを率いる。
といった経験を積ませます。
ポイントは、
「自分が頑張れば終わる仕事」から、「周囲を動かさなければ達成できない仕事」へ経験を変えていくこと
です。
この経験が、次の役割への橋になります。
「ポジションが人を育てる」と言われますが、そのポジション自体を望まない社員に、「やってみればできるようになるから」と昇進を成長機会として示しても、なかなか響きません。
だからこそ意図して、次の役割につながる経験を、ポジションに就く前から積ませていくことが重要な時代だといえるでしょう。

6.キャプテン以降は「経験させながら」次の道を見極める
さらに重要なのは、キャプテンになった時点で、
「あなたは管理職コース」
「あなたは専門職コース」
と早々に決め切る必要はないということです。
むしろ、いくつかの経験を通じて適性を見ていく方が自然です。
例えば、小さな組織を任せ、人員配置や目標管理を経験させれば、マネジメントへの適性が見えてきます。
また、部門横断のプロジェクトを任せれば、立場の違う人を巻き込みながら物事を動かす力が見えます。
高難度の専門案件を任せれば、高度専門職として伸びる可能性が分かります。
若手数名の育成を任せれば、コーチとしての強みが見えてきます。
そして新商品や新規事業を一つ任せてみれば、将来的に事業を背負える人材かどうかを見ることもできます。
つまり、
コースを決めてから育成するだけではなく、経験させながら、どの役割で力を発揮できるのか、また本人がどこに興味関心を抱くかを探索していく。
この発想です。
複線型人事制度は、コースを決めることだけが目的ではありません。
次の役割につながる経験機会をどうつくるかも重要です。
大企業では、こうした「経験機会」を制度として用意する動きもあります。
参考:ソニー「キャリアプラス制度」
本来の仕事を続けながら、業務時間の一部を別の仕事やプロジェクトに使う制度
参考:KDDI「人材育成」
就業時間の2割まで社内副業として別業務に携われる仕組み
大企業と同じ制度を導入する必要はありません。
参考にしたいのは、
「今の仕事だけでは得られない経験を、意図的につくる」
という考え方です。
7.中小企業の複線型人事制度は、全てを制度化しなくてもいい
ここまで読むと、
「うちの規模で、こんなに何本もキャリアコースを作るのは無理だ」
と思われるかもしれません。
その通りです。
無理につくる必要はありません。
例えば社員30人の会社であれば、
- 「専門職コース制度」
- 「プロジェクト職制度」
- 「社内副業制度」
といった仕組みを一気に整備しなくても構いません。
若手社員に半年間、小さな業務改善プロジェクトを任せてみる。
ベテラン社員に新人2人の育成を正式な役割として依頼する。
有望な中堅社員を新商品の立ち上げ責任者にしてみる。
こうしたところから始めることができます。
最小単位であれば、経営者直轄のプロジェクトとして、通常業務の一部を外したうえで、一定期間、特定テーマを任せる方法もあります。
この場合、役割・期間・期待する成果・処遇のルールくらいまで明確にしておきましょう。
むしろ中小企業には、大企業にはない強みもあります。
経営者が社員一人ひとりを比較的よく知っている企業なら、
「次はこの仕事を任せてみよう」
という経験機会を柔軟につくりやすいからです。
小さく任せる。
経験させる。
振り返る。
次にもう少し大きな役割を任せる。
この繰り返しそのものが、キャリア形成になります。
制度を完成させてから育成を始める必要はありません。
8.複線型人事制度をつくるときに気をつけたいこと
最後に、実際に複線型のキャリアを考える際の注意点を整理します。
- 専門職を「管理職になれなかった人の受け皿」にしないこと。
- 役割の名称だけでなく、何を任せ、どんな成果を求めるのかを明確にすること。
- コースを固定しすぎないこと。
若い段階で将来を決め切るより、経験を積みながら方向を変えられる余地を残した方がよいでしょう。 - 役割と処遇を切り離さないこと。
「管理職だけが給与の上がる道」であれば、どれだけ専門職やプロジェクトリーダーという名称をつくっても、実質的には複線型とは言いにくいでしょう。
キャリアパスは、等級制度、評価制度、賃金制度、そして育成とつながっています。
一つだけを切り離して設計しないことが重要です。
人事制度全体をどの順番でつなげて設計するかについては、「人事制度の設計手順|3~5年後の組織像から逆算する」で詳しく解説しています。
まとめ|キャリアパスとは「次の役割を担うための経験」を設計すること
- 管理職として、人を通じて成果を上げる。
- 専門職として、専門性で難題を解決する。
- コーチとして、人を育てる。
- プロジェクトリーダーとして、大きなテーマを動かす。
- 場合によっては、次世代の経営人材として事業そのものを背負う。
いくつか例示してきました。
すべての会社に、すべての道が必要なわけではありません。
本当に考えるべきは、
- 自社には、どんな役割を担う人が必要なのか。
- その役割を担える人になるために、どんな経験を積ませるのか。
この2つです。
次にどんな役割を任せるのか。
そのために、今どんな経験を積ませるのか。
この二つをつなぐことで、キャリアパスは単なる昇進ルートではなく、社員を育て、事業を前に進める仕組みになります。
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